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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)12258号 判決

原告

甲井乙也

右訴訟代理人弁護士

立田廣成

被告

株式会社太陽神戸三井銀行

右代表者代表取締役

末松謙一

右訴訟代理人弁護士

太田恒久

石川清隆

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、昭和六三年九月一日以降毎月二〇日限り月額金五二万〇三〇〇円(ただし、三、六、九、一二月の各月は金五三万五三〇〇円)及び毎年六、一二月の各月末日限り金一六三万円を支払え。

三  被告は、原告に対し、金六六六万六〇〇〇円及び右金員のうち、金一六三万円に対しては昭和六三年六月二四日から、金一万八〇〇〇円に対しては同年七月二一日から、金一万八〇〇〇円に対しては同年八月二一日から、金五〇〇万円に対しては同年九月一日から、各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

原告は、昭和二九年四月に株式会社三井銀行(以下「三井銀行」という。)に雇用され、昭和六三年八月当時個人金融本部個人財務部にカスタマーズ・アドバイザーとして勤務していたものである。

三井銀行は、昭和六三年八月二九日、原告に対し、同月三一日付で原告を懲戒解雇する旨の意思表示をした。

三井銀行は、平成二年四月株式会社太陽神戸銀行を合併し、太陽神戸三井銀行に商号を変更し、被告となった。

二  争点

本件の中心的争点は、三井銀行がなした本件懲戒解雇が有効かである。

(原告の主張)

1 原告には就業規則違反の事由はなく、本件懲戒解雇は無効である。

本件懲戒解雇は適正手続に違反しており、無効である。

仮に、就業規則に形式的に違反したとしても軽微であって、原告のこれまでの功績、懲戒解雇の苛酷さ等を考慮すれば、本件懲戒解雇は懲戒権の濫用であるというべきである。

2 原告は、三井銀行のなした無効な懲戒解雇により、賃金等が未払となるとともに精神的苦痛を受けたので次のとおり請求する。

(一) 解雇後に発生する賃金

(1) 月額賃金 三井銀行の給与支給日は毎月二〇日であり、原告の月額賃金は金五二万〇三〇〇円である。

(2) 賞与 原告は、毎年六月、一二月末までに賞与が支給されていたが、その額は金一六三万円が相当である。

(二) 解雇前に発生した賃金

(1) 賞与 原告は、昭和六三年六月二三日に支給された賞与の支給を受けていない。その額は金一六三万円が相当である。

(2) 職位手当 月額賃金のうち昭和六三年七月分、八月分については職位手当金一万八〇〇〇円が未払となっている。

(三) 慰謝料 原告は本件懲戒解雇により精神的苦痛を受けたが、それを慰謝するには金五〇〇万円が相当である。

(被告の主張)

1 原告はカスタマーズ・アドバイザーという要職にありながら、石川真佐子の信用に乗ずる形で、同女の現金等をなんらの記録もせず預り、受け渡しし、あるいは代筆等を行なうなどして預金口座を開設し、同女の預金を無断で引き出して費消したり、株券を購入し原告名義にするなどした。

2 かかる所為は三井銀行の就業規則七条及び各動作のマニュアルに違反し、就業規則六六条一号ないし三号に該当するので、三井銀行は、就業規則六五条一号を適用して原告を懲戒解雇にしたものである。

第三争点に対する判断

一  原告と石川真佐子の関係等について

原告は、カスタマーズ・アドバイザーとして三井銀行の個人財務部に勤務し、昭和六〇年八月鶴見支店、綱島支店、溝ノ口支店を担当店とし、資産家の顧客の資産運用等についての相談業務に従事した。石川真佐子は鶴見支店の顧客で原告が担当することになったが、原告は、同女所有の遊林地を駐車場に転用して定期的な現金収入が入るようにしてやったことから同女の信頼を得るようになった。昭和六一年一〇月原告は鶴見支店の担当を解除されたが、石川真佐子については、原告が同女及びその姉妹の所有地の他への売却についての相談業務に従事していたので、継続して担当することになった。右土地を売却するためには、共有者である姉妹へ裏金を支出したり、姉妹の税金の負担をするために、裏金についての資金繰が必要となり、これを原告が石川真佐子の了解を得て行なうこととなった。原告は昭和六一年一二月に石川真佐子名義の口座を綱島支店に作った。前記土地の売却は成功し、昭和六二年七月三一日代金の授受が行なわれた。

原告は、石川真佐子から同女の土地を借地して家を建てたらと誘われ、自宅を建築することとし、昭和六二年一月に借地契約を結び、同年四月に着工し、同年八月に完成させて入居した。

その後、石川真佐子が、借地の面積のことから原告の行動に不信を抱くようになり、昭和六二年一一月に三井銀行鶴見支店に苦情を申し入れ、三井銀行も原告の行動について調査を開始した。原告は、昭和六二年一二月一一日から自宅待機か本部待機となった。三井銀行は、昭和六三年六月の賞与並びに七月、八月の職位手当を原告に支給しなかった。

(〈証拠・人証略〉)

二  原告の懲戒事由について

1  原告は、昭和六一年一二月一二日、石川真佐子の了解を得て、同女の姉妹に支払う裏金を作るために、綱島支店に石川真佐子名義の普通預金口座を作ったが、その際、銀行員としての基本的ルールに違反して同女の署名を代筆し、石川という印鑑を自己調達し、その後、通帳及び印鑑を同女に引渡さず、所持し続けた。(〈証拠・人証略〉)

2  原告は、石川真佐子に無断で右口座から、昭和六二年二月二四日金一〇万円を、同年五月一八日金二〇万円を、同年九月二四日金一二五万円を引き出し、使途不明金とした。(〈証拠・人証略〉)

原告は、一〇万円と二〇万円は一時借用したものであり、一二五万円は株券を買う予定であったが、果さず、預金に戻すことは煩わしかったので、そのまま所持していたと供述する(〈証拠略〉)が、信用しがたく、結局使途不明金と判断せざるを得ない。

3  原告は、昭和六二年三月三日右口座から金五六四万二〇四〇円を引き出し、石川真佐子名義で株券を購入し、右株券を同女に引渡さずそのまま所持していたが、同年九月から一〇月にかけて、前記株券を無断で原告名義に変更した。(〈証拠・人証略〉)

4  原告は、昭和六二年七月三一日、石川一族の土地取引に関与し、買主から支払われた代金の一部現金一〇〇〇万円を受領して、そのまま原告の自宅に持帰り所持した。以後、右一〇〇〇万円を紛失したが、支店に報告したり、警察に届け出るなどの処置をしなかった。(〈証拠・人証略〉)

三  本件懲戒解雇の効力について

1  銀行は金銭の出入を業務として行なうために、特に信用が重んじられ、銀行員も銀行の信用を維持するための義務が強く要請されるものである。三井銀行の就業規則七条には銀行員の基本的義務として、信用を重んずべき義務、成規命令を遵守すべき義務、専断取扱禁止義務、公私混淆の禁止義務が定められている(〈証拠略〉)。これを具体化するものとして、三井銀行は、銀行員は通帳や印章を預ってはならない、代筆してはならない、現金をあずかってはならないという具体的なルールを銀行員としての基本的ルールとして定めている(〈証拠略〉)。

原告の前記二の1ないし4の行為は、以上のような銀行員としての基本的義務、動作に違反しており、就業規則六六条一ないし三号に該当するのであるが、違反といっても一概に同一視できないので、以下個別に検討することとする。

2  前記二の1の行為について検討するに、裏金を作るということが本来銀行員としてはしてはならない行為であるだけでなく、代筆したり、通帳を所持することは銀行員としての基本的ルールに違反しているといえるが、石川真佐子の了解は得ているので、同女に対する背信行為とまではいえない。

2の行為について検討するに、預金引き出しと使途不明金を出したことは、銀行の信用を失墜させる行為で、石川真佐子に対する重大な背信行為であることはもちろんであるが、銀行員としての職務義務違反の点でも、顧客の口座に手をつけて使途不明金を出すということは額の多寡にかかわらず、極めて重大な義務違反であるといわざるを得ない。

3の行為について検討するに、株券購入は、たとえ石川真佐子の意思に反していないとしても、銀行員の本来の職務ではない上に、それを預り続けていることは、銀行員の基本的ルールに違反するものであり、原告名義への変更は重大な背信行為である。

4の行為について検討するに、一〇〇〇万円を預り紛失したことは額も大きく、その後の処置も極めて悪く、銀行員としての職務義務に著しく違反している。

以上、総合すれば、1については懲戒解雇相当事由であるとはいえないが、2、4及び3のうち株券の原告名義への書換は極めて重大であって、懲戒解雇相当事由であると認められる。

3  原告の行為はこのように銀行員としての職務義務に違背しているのみか、顧客である石川真佐子に対する重大な背信行為となっており、その責任は極めて重大であり、原告は後日、石川真佐子に使途不明金と紛失した一〇〇〇万円を弁償しているけれども、これを考慮しても本件懲戒解雇はやむを得ないものというほかはない。原告は、本件懲戒解雇が適正手続に違反しているとか濫用であると主張するけれども、それをうかがわせる事実は認められない。原告の主張は採用できない。

四  金銭請求について

前述したように、昭和六三年八月三一日付の本件懲戒解雇は有効であるから、解雇後に発生する賃金及び慰謝料請求については理由がない。

原告は昭和六三年六月の賞与について請求している。たしかに、本件懲戒解雇は昭和六三年八月三一日になされたのであるから、形式的には六月の賞与については受給資格があるといえるのであるが、三井銀行では人事部内規により懲戒解雇事由に該当する行為があり、未だ処分を行なっていない者に対しては、賞与不支給の取扱をしており(〈証拠略〉)、賞与が本来労働者の勤務成績に応じて支給されるべきものであることに鑑みて、三井銀行が原告に対し不支給としたことが違法であるとはいえない。

三井銀行は職位手当の昭和六三年七、八月分について不支給としているが、原告は昭和六二年一二月一一日から現実にカスタマーズ・アドバイザー等の銀行員としての具体的職務についておらず、自宅待機か本部待機をしていたのであるから、職位手当についての請求権は当然には発生しないというべきであり、これを不支給としたことも違法であるとはいえない。

五  以上によれば、三井銀行のなした本件懲戒解雇は有効であり、原告の請求は理由がない。

(裁判官 草野芳郎)

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